オーナー醸造家のクリスチャン・チダは、実験的な醸造に積極的なオーストリアの醸造界の中でも異端児と呼びたくなる存在。醸造学校へ通ったこともなく、ワイン造りは祖父と父、そしてロワールとブルゴーニュの生産者達から独学で学んだというが、モットーは「レッセ・フェール」。放置して、自ずから調和に至らせる自由放任主義だ。2013年産から亜硫酸は添加していない。そしてノンフィルターで瓶詰めする。14haのブドウ畑をライタベルクの斜面に所有している。30近い点在する区画では栽培しているのは白はショイレーベ、ヴァイスブルグンダー、グリューナー・ヴェルトリーナー、ムスカート、赤はツヴァイゲルト、ブラウフレンキッシュ、カベルネ・フラン、シラー。ウィーンに住んでいた頃親交のあった画家アルフレート・フリドリチカ(2009年に他界)のエッチング作品『地上の楽園』Himmel auf Erdenをエチケットにした同名のワインの自由奔放さ、グリューナー・ヴェルトリーナーをマセレーションした「ノン・トラディション」の底知れないスケールの大きさ、「ドームカピテル」のカベルネフランの端正で繊細な深み。彼の造るワインは、いずれもが独自の世界を構築している。
ハンガリーと国境を接するノイジードラー湖の東側一帯は、かつてワイン生産地域ノイジードラーゼー・ヒューゲルラントと称していたが、2016年7月のワイン法改正で廃止された。それに代わり、同地域内で栽培された産地の個性を表現する規定の品種と規約に基づいて醸造されたワインをDAC(Distictus Austriae Controllatus)ライタベルクと称し、それ以外は単にブルゲンラントと称することになったが、旧ノイジードラーゼー・ヒューゲルラントの中心的都市ルストの生産者達には苦渋の選択だったことだろう。というのも、ルストには16世紀以来の貴腐ワインの伝統があり、自分達こそこの地域の代表という自負があるからだ。一方、1985年の不凍液混入事件で世界中の甘口ワインを危機的状況に陥れたのもルストの生産者だった。苦境からの脱出は1980年代後半、フレンチスタイルの国際品種で樽を効かせた濃厚な赤ワインの成功から始まったが、その担い手はノイジードラー湖を北西から囲むように延びるライタベルク山地の麓と、その西のアイゼンシュタットの生産者達だった。ライタベルクは粘板岩や片岩の上に石灰質が堆積した土壌から成る。その頂から冷気が吹き下ろし、南からはパンノニア平原の乾燥した熱風が吹き込み、湖は湿気と暖気を供給する。湖に近い畑は当然ながら貴腐ワイン用で、そこから離れながら標高が上がるとともに辛口白、赤ワイン用の品種が栽培されている。