写真家高橋恭司 ─ 撮る。

kyojitakahashi

90年代より広告や海外雑誌『Purple』などで時代の本質を鋭く捉えた美しい質感のある写真を発表し、今日の写真家に多大な影響を与えている写真家高橋恭司。amala galleryで個展「LOST 遺失」を開催するにあたって話を聞いた。

文 西村陸

本展「LOST 遺失」では、どこかへ向かう男女、見つめ合う恋人のような二人、スロットの広告や喫茶店のモーニングなどの飲食物・食器など日常にあふれるものを撮っている一方で、鳥の死骸や墓跡、マリア像や異国の神々の像など神秘的な写真も多く登場します。それらの写真を見て死生観をストーリーで表現しているようにも感じたのですが、途中登場するこちらを見つめる白人男性の写真は少しイレギュラーな存在として見えてとても印象的です。「LOST 遺失」(以下、「LOST」)はどういったことを考えながら撮られたのですか?

写真的であるとは、断片的であるということです。私は時間がリニア(直線的)につながっているとは思ってません。あるところで途切れたり、別の部分でつながったり、混線したり。複数になったりしているのかもしれない。もしかしたら、過去も変化している可能性がある。

普段、写真を撮るときに共通のテーマはなく、同一のアティテュードであるかということも疑問がある。セレクトしていて見えてくる共通性や違和感、コントロールの外に向かう時、可能性があるのではないだろうか。最近の自分の写真を見て、「LOST」という言葉が思いついた。

最近ある時、地下鉄でジャケットを網棚に忘れた。その時に忘れもの届け場所というのがあることを知った。いったいそこでは忘れられたものたちが集まっていたり問い合わせられたりしている。そこでのテーマは「忘れられた」ということだ。忘れたことに突然気がついて、驚き、人は行動する。

高橋さんは色々な国をまわられていますが、「LOST」は日本で撮られた写真が多いですね。何か理由があるのですか?

特にない。ただ最近、10代の終わりに住んだことのある街、主に中央線を訪ねてみた。何かを思い出そうとして歩いてみた。しかし、それだけではなく、最近初めて行ったベルリンの写真も。ベルリンを歩いている自分は若い時の自分を思い出していたから。

日本で撮影することは重要だったのでしょうか?

撮影は絶えず、空間と時間が限定される。すなわち、いつも今であり、目の前のことだ。

過去にヒーリングセラピストの一瀬さんと「日本はグレーな空気が圧倒的に強い。」という風にお話されていましたが、それも「LOST」を撮影する上で何かきっかけになっているのですか。

東北で大きな地震のあった時、僕は東京にいて、アパートの窓から空中を見つめて、地面が壊れるかもしれない、世界の終わりかもしれないと感じた。なんとか生きのびたかもしれないと数分後に思い、その時、これからは色だなと心が話した。それは日本で起きた。理由にはならないかもしれないが。

これまでの作品と比べて、「LOST」に対する思い入れがあれば教えてください。

世界はもしかしたら一度終わっているのかもしれない。知らない間に。それと、一年半前に長い間の友人がなくなった。人の死に立ち会ったのははじめてのことだった。それ以前の作品とどう違うかはわからないが。

Instagramの投稿も積極的ですよね、何か面白さを感じていたりするのでしょうか。

現代的なことに戸惑いがある。

高橋さんは90年代に活躍された巨匠として取り上げられることが多いと思いますが、今と当時を比べて写真で表現する際のアプローチなどに変化はありましたか。また、必要だと感じますか。

少しはあるのかもしれないが……。自分のことを知るのはむずかしい。いや、時代のことを知ることがむずかしいのか、もしくはすでに手遅れか、どうでもいいことなのか。混乱しているだけか。

高橋さんの写真に憧れている若手の写真家の方がたくさんいますが、何か高橋さんが写真を撮る上で、大事にしている考え方や見方があればお聞かせください。

気づかれないように、手早く。何も起こらなかったように。何も気づかなかったように。